神玉遊戯
闇明かり 7
薄闇にくるまれて、まどろみに沈んでいると、ふと、まぶたの向こう側のざわめきが大きくなった。
ぼう、と光が灯り、揺れる。
からり、と音がする。
広がる、甘い香り。
それに引き寄せられるかのように、彼は眠りから抜け出した。
◇
ふっ、と鬼灯から明かりが消える。
手元が急に暗くなったことで、優希のなかに言い知れぬ不安のようなものが広がった。
――このまま、明敏が目を覚まさなかったら。そんなことが、ありえるのだろうか。
「あき…っ」
「………どうした…」
おきぬけの、やや気だるげな声は、優希の不安を吹き消す。
ゆっくりと持ち上がっていく目蓋の下からは、赤みの強い色の目が現れた。
「ど、した……じゃないよ! なんだってこんなことに――、……まぁ、いいや。とにかく、目覚めの気分はどう? すごーくよく寝てたよ」
その寝ている間に、事件がひとつ起こっていたのだが、優希はあえて沈黙を守った。
それを言うと根掘り葉掘り聞き出されること間違いない。
ちび明敏の頭を撫でただなどと判明した暁には、優希の脳天は明敏の拳で撫でられることになる。それは、避けたかった。
当の明敏は、自分の舌の上に残る味に、困惑の色を見せた。
「目覚めの気分は、……なんだか、口の中が妙に甘いんだが。この味は、なんだ、キャラメルか…?」
そんなもの食べた記憶が無い明敏は、しきりに首をかしげる。
事情を知っている優希は、一騒動起こした代償だとでも言いたげな含み笑いを、かみ殺すことに精一杯だった。
それに気づいた明敏が、疑いのまなざしを優希に向けた。
「優希、何か知っているだろう」
「えー、知らないって。何だよ急に。――それよりさ、今夜は誰かが琵琶弾くんだって。すごい名人らしいんだけれど、明敏は誰か知らない?」
「名人かどうかは知らんが、今夜の弾き手は……」
明敏が根の陰に腕を伸ばし、布にくるまれた縦長のものを取り出す。それは、この日のためにと誂えた純白の琵琶だった。
あっけにとられる優希の前で、明敏は足を組んで撥を構え、琵琶の弦を一度、かき鳴らす。
その音色は、捉えた空気をゆるやかに抱き込み、音を球の中にあるがごとく閉じ込めた。
「…ふむ、やはりこちら側のほうが、音がよく生きる。人の世では強く響きすぎるからな」
満足げにうなずき、もう一度、今度は違う音階で、強く音を出した。
異形のものたちの話し声が途絶え、しんと静まり返る。皆の視線は、明敏に向けられていた。
その中でただ一人、優希だけが事態についていけない。
「え、琵琶の名人って、皆が待ってたのって、明敏だったの!?」
「そういうことだ。――さぁ皆の衆、長らくお待たせしてしまい、申し訳ないことをした。今から夜明けまで、存分に楽しんでいかれよ!」
異形のものたちから歓声が上がる。
幾人かは自前の楽器を持ち出し、我先にと明敏の近くに陣取り合奏を始める。
たちまちその場は、歌え踊れの宴会騒ぎとなった。
「明敏って本当にいいとこだけ持っていくよなぁ。俺、すごい損した気分」
「何を言っているんだ。今日の夜行日、お前のいる場所は特等席だぞ。何が損なのか、さあ言ってみろ」
「……うー、いいや。今は俺も楽しむことにするよ」
「その意気だ」
百鬼夜行の宴は、冷めることなく夜明けまで続いた。
決して日の下には出られないが、彼らは太陽の明るさに焦がれはしない。
新月の夜、墨色の帳。
そこにほんのり灯る鬼灯の光がある光景こそ、彼らの世界なのである。
――――終――
2008.5