神玉遊戯
闇明かり 6




 今夜の百鬼夜行の終着点は、巨大な柳が目印だ。
 天を覆うほど枝を広げ、葉を滝のように流れおとす様は、柳であっても勇壮と言う言葉が似合いそうだ。
 優希たちは本当の最後だったようで、着いたときには、皆から到着を祝う言葉を土砂降りの雨のごとくに受けることとなった。
 だが、とっくに始まっていると思っていた宴は、まだ余興の影も無い。
 異形たちは柳の根元を円状に取り囲んで、それぞれに会話を楽しみつつ時を過ごしていた。
 確か今夜は、誰ぞ琵琶を奏でてくれるという。その奏者が、まだ到着していないのだろうか。
 優希は待ち合わせ相手である親友の姿を探したが、大小さまざまの異形が、ひとつの物体のように密集した中では、目で探すことは難しい。
 戸惑っているうちに、いつの間に追い越したのか、鬼灯売りの狐の店主が、優希と子どものところへとやってきた。
 狐の店主は、優希が買ったはずの鬼灯を、いつのまにか増えた小さな男の子が持っているのを見て、見守るように優しく微笑んだ。
『あなたのお探しの相手は、あちらですよ。ほら、ちょっと見えにくいですが、柳の根元です』
「え、柳の?」
 優希は必死に飛び跳ねたり、背伸びをしたりして、なんとか柳の根元を垣間見ようと試みた。
 だが、あと少しのところで見ることができない。
(…直接行くしかないかな)
 そう考え、優希はここまでつれてきた子どもを、見やった。
 この子を、異形ひしめく中に引っ張り込んでしまうのは、いささか心苦しい。
「店主、すみませんが、この子を見ててくれませんか」
『はい、お安い御用です』
「お願いします」
 行こうとして、優希は踵を返す。
 その彼の服の端を、小さな手が捕まえた。
 振り返ると、子どもが鬼灯を差し出していた。
 優希は腰を落として、子どもに視線を合わせた。
「持っていても、いいんだよ?」
 帰り道の鬼灯は、持っていることを原則としていない。無くとも、人の世に帰ることができる。
 この鬼灯を気に入っているのを知っている優希は、無理に返さなくてもいいと言う。
 しかし子どもは、鬼灯を差し出したまま引かなかった。
「…そっか。ちゃんと返してくれるんだね。えらいえらい。ありがとう」
 優希は子どもの頭を撫でてやり、静かに立ち上がった。
 そして、ポケットからキャラメルの箱を取り出す。からりと、また音が鳴る。残りは二つだ。
「鬼灯の代わりに、これあげるね」
 差し出すと、子どもは素直に手を出して受け取った。それが優希には嬉しかった。
「それじゃあね」
 手を振り、今度こそ背を向ける。右手に持った鬼灯が、歩くのにあわせて揺れる。
 その光を、子どもはじっと見つめ、――ゆっくり目を閉じた。


 異形たちを掻き分けて、優希はやっとの思いで柳のもとへたどり着いた。
 大きくうねる苔むした根は、堅固な岩のようにも見える。
 それに守られるように、待ち合わせた人物は、着物姿で安らかに眠っていた。
(なるほど。寝ている間に、抜け出したんだ…)
 さすがに、二分割して両方を動かすという離れ業は、異形に通じ神々の守護も得るこの親友といえどもできないようだ。
「それにしたってなぁ」
 こんなところで眠れるなんて、どれほどの豪胆さを持ち合わせているのだろう。
 あるいは、よほど疲れがたまっていたのだろうか。
 優希は足音を立てないよう近づき、控えめの音量で、名を呼んだ。
「……明敏、いつまで寝てるんだよ」
 しかし、親友は目を覚ます気配が無い。
 風の音ほどの静かな寝息が聞こえるだけだ。
 優希はため息をつき、肩をすくめた。
「ほら、皆集まってるよ。早く目を覚まさないと、宴会楽しむ前に朝が来る」
 朝の来訪は、夜の終わり。異形たちは住処へ帰り、また闇夜を待たなくてはならない。
 こんな楽しい一夜を逃して、また一ヶ月先まで待つ気なのか。
 せっかく、美しい琵琶の音も聞けるかもしれないというのに。
「起きてよ。俺一人だけじゃ、全然つまらないからさ」
 優希は鬼灯を明敏の顔の傍に寄せ、ゆらゆらと揺らした。
 揺れる火は、魂を呼び戻す道しるべだ。
 この明かりが見えているのなら、早く戻れ、戻れ。
 肉体に守られなければ、存在することすら果敢(はか)無くなってしまう、幼子のようにか弱き魂よ――。






           
次へ