神玉遊戯
闇明かり 3




「すいませーん、鬼灯ひとつ下さい」
『毎度ありがとうございます』
 駆け寄って一番に優希が声をかけると、気前のいい店主は、一番大きな鬼灯を選んで竹竿から取り外した。
 店主は、鬼灯の袋の先端をちょいと破り、そこに口を当て、ぷうっと息を吹き込む。
 すると、握りこぶし大だった鬼灯が、両腕ひと抱えの大きさまで膨らんだ。
 鬼灯の中には、ゆるやかに明滅する光があった。狐火のかけらだ。
『お待ちどうさまです』
「ありがとう。やっぱり狐火を入れた鬼灯って、綺麗だね。明かりが、すごく温かい色をしてる」
 優希は鬼灯を空に掲げるようにして、その明かりを見つめる。
 狐の店主が、恥ずかしそうに頭を掻いた。
『ずうっと昔から、夜路の案内役などは私たち狐が務めていますからねぇ。そう言っていただけると、嬉しいものですよ』
「そうなんだぁ。――あ、お代は? 色々持ってきたけれど、店主の好きなものあるかな」
 思いだしたように、優希はポケットというポケットから細々としたものを取り出しはじめた。
 十円ガム、キャラメル、ビー玉、スーパーボール、鈴……。町の駄菓子屋でよく見かけるようなものばかりだ。
 人の目から見れば安価なものだが、異形のものから見ると、また価値が違うということが、ままある。
 優希は以前にも、夜行の最中に鬼灯を買い求めたことがあった。その時は使いかけの消しゴムしか持っていなかったのでそれを渡したのだが、相手は恐れ入った様子で、鬼灯を四個もおまけしてくれたのだ。
 優希が並べたものをしばし見ていた店主は、『では、これをひとつぶ』と言って、キャラメルを指差した。
「ひとつぶ? 箱ごとじゃなくていいの?」
『ええ、ひとつぶで充分です』
 こう言った先になると、狐の店主は何があっても譲らないことを優希は知っていた。商売事はきっちりと、価値に見合ったものしか渡さないし、受け取らないのである。
 優希はキャラメルの箱を開け、店主にひとつぶ渡した。店主が大事そうに、両手でキャラメルを包み込む。
 再びポケットにしまう時、残り三個となった中身が、箱の中で踊り、からからと鳴った。
『そうだ。いつもご一緒されている方ですが、だいぶ前にお通りになりましたよ』
「あー、やっぱりそうなんだ。急がないと」
『お気をつけて行ってらっしゃい』
「うん、ありがとう。行ってきます!」
 真新しい鬼灯の提灯を片手に、優希は意気揚々と、列のなかに戻っていった。



 人を待たせているということで、夜行に戻った優希の足取りは駆け足気味だった。
 親しい間柄のものや、声をかけてくるものと短いやり取りを交わしつつ先を急ぐ。
 そうして大分追い抜いていくと、いつのまにか人気ならぬ異形気が少なくなっていた。
 優希は歩調を緩め、周囲を見回した。
 どうやら、第一陣と第二陣の境目に出たようだ。もう少し行けば、また集団の中に飛び込むことになるだろう。
 また急ごうと足を踏み出そうとしたとき、彼は視界の端に入った小さな姿に、思わず目を止めた。
「……子ども?」
 着物を着た男の子だ。まだ五歳くらいだろうか。
 夜行の列から少し外れたところに、ぽつんと一人立っている。見たところ、異形のものではないようだ。
 百鬼夜行の夜に、小さな子供が一人きり。しかもここは、向こうがわだ。迷いこむことは簡単でも、人の世に帰りつくことは難しい。
 優希はそっと、子どもの傍に寄った。
「ねえ、君」
「…っ」
 驚いた子どもが、赤みの強い色の目をいっぱいに見開いて、優希を見上げる。
 優希は腰を落として視線を合わせ、なるべく穏やかに話しかけた。
「脅かしてごめんね。えっと、…どこから来たの? 誰か一緒だった?」
 子どもは、数度まばたきをした後、首を横に振った。
 どこから来たのかは、わからない。
 一緒だった人は、いない。
 優希はそう受け取った。同時に、困りはてた。
 来た場所が分からなければ、連れていくことが出来ない。適当に人の世に放り出したとして、ここは異形の通るあやしの道だ。
 抜け出た場所が人の世のどこに通じているか、知れたものではない。
 同伴者がいないという事は、完璧な迷子の可能性を、なおさら優希に突き付けた。

(……にしても、この子、誰かに似てるんだよなぁ)

 しかも、ものすごく身近な者に。






           
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