神玉遊戯
闇明かり




 前を行く知った顔を見つけ、少年は声をあげた。
「こんばんは、(からかさ)の照助」
 海老茶色の傘を開閉させながら一本足で飛び跳ねていた九十九神が、彼の声に気付き、跳ねついでに振り返る。
『あいやぁ、坊ちゃん久し振りでござんすよ。二月ぶりくらいですかい』
「坊ちゃんじゃなくて、古宮優希だよ」
 少年――優希の口調は、言い直しながらも実に明るい。
 傘の照助のほうにも反省の色はなく、むしろ余計に気分が弾んだようだった。
 彼らにとってこのやり取りは、挨拶のようなものなのだ。
『失礼しやした。ははぁ、年をとると物覚えが悪くっていけねえや。さすがに二百年も古道具屋の店先にいちゃあ、頭の中まで古ぼけてきやがんで』
 毎度のことながら、陽気な声で良く喋る。
 優希はからかうように、肘で照助の傘を小突いてやった。
「えー、そんなことないって。気の持ちようって言うだろ」
『いやいやそんな。そういや坊ちゃん、まだ鬼灯の提灯をお持ちでないんで?』
 照助に指摘されると、優希は「しまった」というように視線を泳がせる。
「うーん、実は用意が間に合わなくてね。家の近くに野生の鬼灯のある場所って無いんだ。だから今日は、途中で買う予定」
「そうですかい。――ああ、丁度いい。ほら、あそこに鬼灯商いが来ておいでだぁ」
 照助が傘の先で示した方を見ると、鬼灯しこたま吊るした重たそうな竹竿を何本も並べている狐の姿があった。
 優希は照助に礼を述べ、また後でと言い残すと、急ぎ足で列を外れた。
「絶対、もう来てるよなぁ…」  鬼灯屋に駆け寄りながら、ふとつぶやきが漏れる。

 あまたの異形が騒ぎ笑う夜行日。
 そんな夜、彼は「人」と会う約束をしていた。


      ◇


『やれ、夜行だ夜行だ』
『今宵は何があるのじゃろ』
『誰ぞ琵琶を奏でるそうな。大層名手であるそうな』
『そりゃあ楽しみ。やれ、夜行だ夜行だ』



 異形のものは、普通の人間の目には映らない。
 たとえ彼らが目の前を横切ろうとも、すれ違おうとも、ほとんどの人間はそれに気付かないのだ。
 ごく少数ではあるが、彼らの姿を捉える力を持つ者はいる。
 その中で、優希のように自ら異形のもの達と交わろうとするものは、本当にわずかだ。
 異形のもの達は、自分らのそばにある人間に対して寛大だった。
 多くの人々が、まだ彼らを身近にいるものとして考えていた昔、彼らもまた人を身近にいて当り前の、昼と夜という壁一枚挟んだ隣人のように思っていた。
 時が経ち代を重ねていくうちに、人々は異形のものの存在を遠ざけ、忘れていく。
 しかし、長い時を過ごす異形のもの達にとっては、人間というものは、未だ近所にいるような感覚なのだ。






           
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