everlasting -3




 一昼夜降り続いた雪で、町はどこも白くなっていた。
 昼過ぎに家を出たヒューイは、そのまま大学へは行かず、ショッピング街へと足を運んだ。
 フランツの死を受け入れきれていない自分が情けなくて、とても仲間の前に顔を出せる気分ではない。
それを少しでも上向けるためだった。
 街中でも、フランツが好みそうな静けさのある場所は避け、若者や家族連れなどで賑わう表通りを行った。
 たまたま目の向いた店を数件冷やかし、時間をつぶす。
 しかしフランツに対する、どうして死んでしまったのだと言う虚しい問いは、ヒューイの胸の内を去らなかった。
 その問いを振り切ろうと、ヒューイは早足で街の中を進んだ。人を避け、物を避け、音さえも避けるように、ひたすらに歩いた。
 だが、行けば行くほど、問いは加速する。

 どうして、どうして。
 いつか会うこともあると思っていた。
 いつか会いに行こうと思っていた。
 いつかまた二人で演奏できると、思っていた。だが。

「どうして、あんただけ先に逝った…っ!」

 いつの間にかヒューイは街を抜け、人のいない並木道を走りだしていた。
 息遣いが荒くなり、冷たい空気が喉を傷めつける。それでも構わず、彼は走り続けた。
 どうして、自分をひとりにしたのだ。
 何の前触れもなく、別れの言葉もなく。
 こんなにも早く消えてしまうのなら、いっそ現われてくれなかった方が、よかっただろうに――。
 唐突に突き放されたヒューイは、理不尽だと思いながらも、フランツと、彼と共に過ごした時間を憎んだ。
 もしも受け入れたり、感謝したりしようものならば、そこで泣き崩れてしまうような気がしている。
 今、憎む以外の方法では、彼は己を保つことが出来なかった。
 

     +++


 多くの友人ができても、彼の中でフランツと共に過ごす時間は特別だった。
 フランツはヒューイに、音色の出し方を教えても、彼の演奏の仕方には一切口出しをしなかった。ただ当たり前のように、ヒューイの隣でピアノを弾いている。
 ヒューイにはそれが、純粋に嬉しかった。自分の演奏のすべてを受容されているような安堵感と、今フランツと曲を奏でているのは自分だという誇らしさが、彼の演奏をより輝かせた。
 学年が上がるにつれて講義の空き時間が増え、二人だけの演奏も、仲間たちとの演奏も、より多く時間が取れるようになっていった。
 顔を合わせない日はない。共にいることが、当たり前だった。
 しかし、楽しみに彩られた学生生活は過ぎるのが早く、気づけば四年間というリミットに近付いていた。
 集まった仲間はそれぞれに、これから進む道を決め、共にいられる時間には終幕が迫る。
 希望通りの楽団に入団が決まるものもいれば、やむを得ず第二希望に落ち着き臍を噛むものもいた。

『ヒューイは、どこの楽団に行くか、決まった?』
 大学最後の冬休みも間近のころ、フランツに尋ねられたヒューイは、ほろ苦く笑うことしかできなかった。
『いや…。残念ながら、どこにも』
 ヒューイは、音楽家になってヴァイオリンを弾き続けたいと思い、いくつもの楽団の入団試験を受けた。
 しかし、いくら受けても彼のもとに合格通知が来ることはなかった。あまりにも型通りな彼のヴァイオリンは、その他大勢の中にひっくるめられて、楽団の目には留まらなかったのだ。
 ヒューイは悔しくはあったが、自分の力が求められていないのなら、どうしようもないと思った。
『じゃあ、どうするの? 無職ってわけにも、いかないだろ』
『隣町のハイスクールで、音楽の教師として採用が決まってるんだ。収入も安定しているし、音楽も続けられるし、……悪くはないと、思っている』
 そう言うと、フランツは無言になった。いつかの、未完成な譜面の続きを書いていた手が止まり、その手は膝の上に下ろされた。
『……残念、だな…。ヒューイが入る楽団に、行こうと思ってたのに』
 とんでもない発言を聞き、ヒューイは飛び上りそうになる。
『フランツ、進路決めてなかったのか!』
『誘いは嫌ってほど来てるよ。どうせなら貴方と一緒の所にしようと思って、返事を出してないだけ。……でも、どこにもいないんなら、俺はフリーのピアニストでやっていこうかなって、今決めた』
『確かにあんたなら、フリーでも仕事には困らないだろうが、やっぱりどこかに軸足を置いた方が……』
 言いつのるヒューイの前で、フランツは首を横に振った。
 そして、ほんの少しだけ寂しげな微笑みを、その顔に滲ませた。
 未完成な楽譜の、最初の一音が、フランツの指先から零れる。二音、三音と続いたが、一小節分も奏でることなく、フランツは手を止めた。

『あのね、ヒューイ。俺は、あなたと弾きたいんだ。だから――』





           
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 背景画像写真:Photo by (c)Tomo.Yun
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