EDEN ~その雨の向こうがわ~


その雨のむこうがわ -6






 空想かもしれないわ。

 すべては幸せな夢なのかも。

 それでも私は、それに縋りたい。




          ◆◇◆




 夏も終わりを迎えようとしている。
 それを食い止めるかのように、太陽は照りつけ、風は雲を追い払う。
 リアは、花に水をやる手を止め、晴れ渡った空を見上げた。そして、小さくため息をつく。
 晴れてくれるのは、生活にはありがたい。
 洗濯物は乾くし、植物の成長にもいい。出かけるにしても、気分を明るくさせてくれる。
 しかしリアにとって、晴ればかりの空模様は、嬉しいだけのものではなかった。
「ただいま、リア」
 大きな紙袋を両腕で抱え込んだロッドが声をかけてくる。
 途端、リアの表情に笑顔が戻った。
 リアは、じょうろをその場に置くと、急いでロッドに駆け寄り、荷物を降ろすのを手伝った。
「ロッド。遅かったじゃないの。…どうしたのよ、やけに荷物が多いわ」
「行き帰りで、色々な人につかまってしまいましてね。…買ったのは、リアに頼まれたものだけだったのですけれど」
 袋の中身を出しながら、ロッドは、予定量の二倍に膨れ上がった荷物に、首を傾げる。
 次々に出てくる予定外の荷物を見て、リアは思わず問いたくなった。
「肥糧とスコップと赤土。私が言ったのは、その三つだけよね?」
「確か、そうです。ええと、一番下に埋もれて……、ありました」
 紙袋を引っ繰り返して、ようやくその三つが出てきた。
 壊れてしまうようなものでなかった事が幸いした。そうでなければ、ほぼ確実に、原形を留めてはいなかっただろう。
「小麦粉と砂糖が五百グラムずつ、チョコチップ一袋」
「お菓子屋の若奥さんが、美味しいクッキーでも作って食べてね、と」
「大小それぞれの写真立てと、額縁」
「写真屋の姉妹が、二人でとった写真でも飾ったらどうか、と」
「鉢が二つ、ワスレナグサの種が一袋、ユリの苗が一本」
「花屋のおばさんが、綺麗に咲かせてやってくれ、と」
「若草色と紺色の絹布一枚ずつと、同じ色の糸。それに、針」
「手芸店の娘さんが、余ったものだから、よかったら使ってほしい、と」
「……」
 リアは、苦笑を浮かべるロッドと、彼が運んできた荷物とを交互に見た。
 ロッドが街に来てから、一つの季節が巡ろうとしていた。
 恋人同士ではないのに、リアと一緒の家に住んでいる変わった男という認識で、彼の噂はいまや街中に広まっていた。
 噂の足が異様に速かったのには、街に住む女性達が一役買っている。
 彼女達は、街に現れたロッドを見て、常にないほど色めきたった。
 月光を思わせる銀髪に、闇色の瞳と白い肌、上品な顔立ちと、それに見合う柔らかな物腰の、まさにこの世のものとは思えないほど美しい青年だと、彼女達は言う。
 彼が誰にでも愛想良く笑顔を向けることで、『微笑の貴公子』などという呼び方も出来ていた。
 もちろん、その微笑みとは、ロッドがながい館長経験で培った営業用の笑みだ。
 そんなこととは露知らず、街の女性の大多数は、異国の雰囲気をもつ青年に夢中だった。
 本気で彼に恋をしている者もいるだろう。







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 背景画像写真:Photo by (c)Tomo.Yun
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