EDEN ~その雨の向こうがわ~


その雨のむこうがわ -最終話







  「飾っても、いい?」
 レムリアは、ロッドを見上げて言った。

「ちゃんと写真立てに入れて、いつも見えるところに飾りたい」

 あの一年間が描いた軌跡が、決して色褪せたりしていかないように。

「わかりました。どこか良い場所は…」

 首をめぐらせたロッドの袖を引き、レムリアはある一点を差した。
 夢幻図書館の、カウンターの上だ。
 ロッドは、ぎこちなく首を動かして、レムリアと彼女が指した場所を交互に見た。
 見間違いであってくれと願ったが、レムリアの指が向く先は変わらない。
 顔が引き攣るのが、自分でもわかった。

「さっき、いいでしょうって言ったわよね?」

 レムリアが、にっこりと笑う。彼女に意志を曲げる気は、毛頭ないようだった。
 ロッドから、長い溜息が漏れた。
「……ランダ姉さん」
 諦めの響きを含んだ、不貞腐れたようの声が、ランダを呼んだ。
「文句は受け付けないぞ」
「そうではなくて。――近日中に届く品に、写真立てが入っていると思います。それを、僕に譲ってください」
 ランダは弟の言った事に、少しばかり驚いた。
 どんなに魅力的な収蔵品でも、ロッドが無限博物館のものを欲しいと言ったことは、過去に一度もなかったのだ。
 その彼が、望んだ。
 そこまでするのだから、レムリアと関係するものだろうと、ランダは見当をつける。
「写真立て…か。わかった、届いたら知らせよう。
 図書館であれ、博物館であれ、この空間で管理するなら同じようなものだからな」
 ランダが了承すると、ロッドの表情が、若干和らいだ。
「お願いします」

「ああ。――さて、私はそろそろ博物館に戻ろう。失礼するよ、ロッド。それに、レムリア」
 軽く手を振って、ランダはその場を離れた。
「ねえ、ロッド」
 彼女を見送ったあと、レムリアは確認の意味を込めて、ロッドに問い掛けた。
「ランダさんに頼んだ写真立ては、もしかして…」
 ロッドが肩をすくめて、微笑む。
「そう。写真が入ってきたという事は、あれも入って来るはずですからね」
 その写真立ては、ワスレナグサの種などと一緒に、荷物の量が二倍以上になった一因を担った。
「折角ですから、一緒に飾りたいでしょう? 僕と貴女が、あの世界に居たという証ですよ」
 レムリアは目を丸くして、ロッドを見た。
 二人でいた証だけではなく、二人であの世界にいた証だと、ロッドは言った。
 彼はいつも、自分が投げた以上のものを、投げかえしてくれる。
 レムリアはその度に、彼と共に居られる幸福を、心の底から感じていた。
「ありがとう、ロッド」
 嬉しさと感謝と愛しさを込めて、レムリアはその言葉と一緒に、ロッドの頬へ口付けた。





 ランダは無限博物館に戻った。
 歩く床に、日向と日陰の区別が、やんわりと出来始めていた。
 耳を澄ませば、ロッドとレムリアの話し声が、かすかに聞こえてくる。
 日差しと彼らという取り合わせが新鮮で、それをとても嬉しく思った。
 病弱で外出もままならなかったレムリアが、夢幻図書館を訪れた日から、もしかしたら奇跡は始まっていたのかもしれない。

 ランダはふと立ち止まり、窓ごしの空を見た。
 窓についた水滴が、時折光を弾いてきらめく。

「我が君も、随分と粋なことをなさる…」

 穏やかなその呟きは、やわらかい日差しの中に溶け込んだ。
 ゆっくりと、ランダは窓辺へと寄っていく。

 窓を開けると、雨の残り香を運ぶ涼風が、ふわりと吹きぬける。
 日差しが眩しさを増す中、彼女は空を見上げた。



 雨の気配に、陽の光が反射する。
 広がっていく青の中、一対の虹が、天空を彩っていた。











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 背景画像写真:Photo by (c)Tomo.Yun
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