EDEN ~その雨の向こうがわ~


その雨のむこうがわ -27







 ロッドは、喘ぐように呼吸を繰り返し、ようやく周囲の様子を見た。
 広々とした草原と、そこを通る一本の小道。小道の先に続く、杉林。
 泣き叫ぶ声もかき消す雨音と、体を押さえつけるように降ってくる雨粒。
 
「ああ…」

 悲しみの記憶を引き起こすありとあらゆる要素が、ロッドを包む。
 そこは、彼がレムリアの死を突きつけられた場所だった。
 抱きしめた肢体の細さと、重みと、その冷たさは、今でも鮮明に思い出せる。
 ロッドは、過去から襲い来る絶望感に震えた。
 腕の中にいないはずのレムリアの感触が、彼の体にのしかかっていた。
 雷鳴が、重く轟(とどろ)く。
 ロッドはその音にひきつけられたかのように、空を見上げた。
 雨が降り注いでくる、その空の色は、夜の闇を背負わぬ灰色。
 まだ、日暮れ前の色だった。
 天気と場所は絶望の日と同じだが、時間までは同じではない。
 希望の光は、まだ落ちてはいないのだ。
 それがわかった瞬間、ロッドは、自分の腕から死の感触がひいていくのを感じた。
 彼はもう一度、走り出した。
 雷雨と強風は、いまだ続いている。

 レムリアの眠った場所に、ロッドは走っていった。
 杉林の入り口が、奥に闇を潜ませて待っている。そこにゆるゆると引き込まれていくリアの姿を、ロッドは見つけた。
 闇の正体は、終焉。入ってしまえば、戻る事はできない。

「リア!」

 ロッドは彼女に向かって叫んだ。この声が、雨音にかき消されないことを祈りながら。
 しかし、リアは振り返らない。
 重くなった体を引きずり、ロッドは必死に進んだ。
 このまま、リアは消えてしまうのか。レムリアのときのように、自分は何もできずに、終わってしまうのか。
 それだけは嫌だと、強く思った。
 ロッドは、大きく息を吸い込んだ。これで駄目なら、どうしようもないような気がした。
 長い間忘れていて、呼ばなかった名前。しかし、何よりも大切な名前だ。

「…レ…ム…リア」

 願うように、縋るように、ロッドはその名を口にした。
 喉の奥から絞り出すように、声を放つ。


「レムリア――!」









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 背景画像写真:Photo by (c)Tomo.Yun
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