EDEN ~その雨の向こうがわ~


その雨のむこうがわ -24







 夏の初めの雨は冷たくはなかったが、大粒で重たい。
 ロッドは、人通りのまばらになった街道を、街の外に向かって走っていった。
 街の中にリアはいない。探す前から、そんな気がしていた。
 服が水気を吸って重くなり、肌に張り付いてくる。足を踏み出すごとに、足元で水が跳ねた。
 道の窪んだところには、水溜りがいくつもできていた。雨が降り出してから、多少の時間が経過してしまっている証拠だった。
 リアは一体どこへ行ってしまったのか。分からないまま、ロッドは彼女を探した。
「…!」
 彼の目鼻先にある建物の間から、頭巾をかぶった中年の女性が出てくる。
 あまりにも距離が近すぎるうえ、雨にぬれて足場が悪い。ぶつかるのは確実だった。
 ロッドは、正面衝突だけは免れようと、体の向きを変える。

 横から女性とぶつかり、その衝撃がくる――はずだったのだ。

 しかし、ロッドの身体は、女性の身体を通り抜けた。
「何…」
 その時、ロッドは何が起こったのか、即座にわからなかった。
 素早く振り返った先に、例の女性が歩いていく。
 だが、その体からは徐々に色彩が抜け落ち、透明になっていった。
 やがて輪郭すら判らなくなり、完全に消えてしまう。彼女に隠れていた街並みが現れた。
 その様はまるで、水に溶け出していく、水彩画のようだった。
 信じられない光景に、ロッドは絶句したまま、事の始終を見つめた。そして、さらにおそろしい事に気付いた。
 雨にけぶり、白く霞んでおぼろに見える街並み。そこから、女性と同じように、色が抜け始めていた。
 街並みだけではない。
 空も、人も、目に見えるもの全てから、色が抜け、輪郭が崩れていった。
 雨がすべてを無に帰している。ロッドには、そう思えた。
 稲妻が空を裂いた。次いで、雷鳴が大気を震わす。急に強風が吹きだし、雨が激しくなった。
 ロッドは、なぎ倒そうとするかのように吹いてくる風に耐えられず、片膝を地面についた。
 雨の一滴一滴が、格段に重くなっている。ただの風雨ではなくなったのだ。

 雨は神の言葉を綴るインク、風は神が意思を伝える声。それらが、ロッドに語りかけてくる。

「…それが、彼女との契約であると…?」
 ロッドは、白く染まった空を見上げた。流れた涙は、雨に混ざって、色の抜けかけた地面に落ちる。
 再び、雷鳴が轟いた。風が唸る。
 ロッドに「行け」と急かしていた。
 彼は立ち上がり、再び走り始めた。

 日が落ちるまで。それが、彼とリアに残された時間だった。










          ―――次へ




 背景画像写真:Photo by (c)Tomo.Yun
 URL http://www.yunphoto.net