EDEN ~その雨の向こうがわ~
その雨のむこうがわ -23
あの時ロッドは、レムリアのところに行きたいと、叫び続けた。
ランダははじめ、行っても辛いだけだと彼を引きとめたが、やがてそれをしなくなった。
そのあとロッドは、人の住む空間へ渡る術を請うために、最高神のもとへ赴いた。しかし神は、彼をすぐに、異界へ渡らせてはくれなかった。彼は神に向かって言った。
『なにを対価にしても、惜しくはありません。どんな刑罰も受けます』
だから行かせてほしい、と。
神は無言で、ロッドを人の住む世界へ送り出した。
ロッドは、闇のおちた野原の中に降り立った。大粒の雨が降っており、そのざわめくような音が、他の音を飲み込んでいる。草は濡れて項垂れていた。
野原を通る一本道を、ロッドは村へ向かって走っていった。しかしその途中、野原から杉林に入ったばかりのところに、彼は見つけた。
それは、ぴくりとも動かず、まるで、糸の切れた人形のようだった。
闇夜の中に浮かび上がる白い肌は、温もりを失いなお白く、乱れた栗色の髪は、雨に濡れて漆黒に見えた。
ロッドはそれを抱き起こし、泣きながら名を呼んだ。認めたくなかったのだ。もう二度と、同じ時を過ごす事が出来なくなることを。
『レムリア…!』
別々の世界に生まれた彼女とロッドの、生きている時間が一時でも重なった事が、奇跡のようなものだった。
その奇跡に、もっと長く続いて欲しかった。
しかし、それは叶わない望みだった。彼女の亡骸を抱き、絶望感に打ちひしがれ、ロッドは泣き叫んだ。
『こんなに辛いものなら、どうして神は、僕に心をお与えになったのですか…!』
死を与えなかったように、老いと病を与えなかったように、他の神と同じような力を与えなかったように、心も与えてくれなかったほうが、楽だったろうに――。
雨音が、耳の奥に入ってきた。いっそ頭の奥まで入って、自分の記憶が立てる音を、すべて消してくれればいいのにと、ロッドは思った。
ロッドは、手の中の『レムリア』のページを、ゆっくりとめくる。
雨の中、暗くなっていく空を見つめながら、道の上に崩れ落ちたレムリアが描かれていた。彼女は最後まで、ロッドの元へ行こうとしていたのだった。
ロッドは、胸のうちが熱くなるのを感じたが、頭の中は冷静だった。レムリアを思い出したことで、頭の片隅にあった疑問が急に膨れ上がる。
レムリアと同じ顔をしているリア。彼女はいったい何者なのか。
確かめなければと、彼は思った。
ロッドは部屋を出て、キッチンへ行った。夕方ならば、リアは夕食の準備をしているはずなのだ。しかし彼女の姿はなかった。他の部屋を見ても、彼女はいない。
かわりに、雨のざわめきが辺りに満ち、全身を包み込んでくる。
その音が記憶上のものでなく、現実にある音だとわかった時、ロッドは心臓に氷の杭を押し付けられたような気分を味わった。
思い出した光景が、脳裏に過ぎる。
雨の中、狭い道の上に横たわる、レムリア。リアの姿が、それにぴたりと重なる。
「まさか…」
可能性に突き当たり、ロッドは『レムリア』を抱えたまま、雨の降りしきる表へと飛び出した。
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背景画像写真:Photo by (c)Tomo.Yun
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