EDEN ~その雨の向こうがわ~


その雨のむこうがわ -22







 もしもやり直せるのなら。

 二度と失わずに済むのなら。

 何を対価としても、惜しくはないのです。



      ◆◇◆




 伸ばした手が薄暗い中に白く浮かび上がるのが見えて、ロッドは、自分が目を覚ましたことを知った。珍しく、長い昼寝をしていたようだ。薄闇が部屋に満ちた様に、もう夕方だろうと思った。
 目は覚ましたが、彼はしばらく寝そべったままでいた。頭の中がぼんやりとしている。
見ていた夢が、とても永いもののように思えた。自分が図書館にいて、ランダが時折覗きに来て、もう一人は――。

「…違う」
 うめくように、否定の言葉を口にする。己のその声で、ロッドの頭にかかっていた霞が、吹き払われた。
(違う、違う…。あれは、夢ではない…)
 瞼の裏に、何度か映りこんだ女性。
 リアとよく似た――いや、まったく同じ顔の彼女。

「…あれは、僕の記憶だ……!」

 彼女は、記憶の中にいた人と、同じ人物だった。雨の降った冬の日、夢幻図書館に現れた彼女の名は、レムリア。
 それを思い出した瞬間、ロッドは自分が犯した過ちに気付く。
 彼は飛び起き、あの本を探した。彼女と同じ『レムリア』と言う名の本だ。
 逸りだした心臓の音が、嫌と言うほど耳に響いてきた。

 『レムリア』は、枕の下に埋もれていた。存在を誇示するように、光を放っている。
 ロッドは、奪い取るようにして抱えあげ、震える手で表紙を開く。
 目を焼くような閃光が、刹那、本から迸った。反射的に目を瞑ったが、黒い染みが残り、視界を邪魔する。
 舌打ちをしたい気分になりながら、ロッドは素早くページをめくった。

「これは…」

   はじめに見た時は空白部分だったところに、文章が綴られ、挿絵もはいっている。
 ロッドは一ページずつ確かめていった。目にしたすべての空白部分が、今は完全に埋まっていた。
 物語の残りもわずかというところで、彼は一度手を止めた。
 今開いているページでは、レムリアが雨の中、一人で家を飛び出す様子までが書かれている。夢幻図書館へ行こうとしているのだ。
 ロッドは唇を噛(か)んだ。
 夢としてあらわれた記憶は、自分が『レムリア』を前にして、衝撃に打ちのめされているところで途切れている。
 しかし彼は既に、その先を思い出していた。









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 背景画像写真:Photo by (c)Tomo.Yun
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