EDEN ~その雨の向こうがわ~


その雨のむこうがわ -18







 それから暫く、少女は図書館に姿を現さなかった。ランダとロッドは、そのことを残念に思った。
 無限博物館も夢幻図書館も、もとより、誰かが訪れることの稀な場所だ。
 少女の姿がなくなったのは、ただその日常が戻ってきただけのことだった。
「寂しいんだろう? ロッド。あの子が来なくなってしまったから」
「ランダ姉さんこそ」
 ランダが話し掛けると、書架を挟んだ向こう側から、抑揚を抑えた声が返ってきた。
 本を書架に戻す音が、断続的に聞こえる。
「私とお前の『寂しい』は、違うものだよ」
「…言いたい事ははっきりどうぞ」
 ロッドの口調が、棘を帯びた。
 ランダは、そっと目を閉じ、俯く。ここから先を言うには、勇気がいる。
「お前が、    に恋をしているのではないか、と思ってね」
 本と書架の当たる音が、一瞬止まる。それだけで、弟の動揺する心の内が、ランダにはよくわかった。
「私は止めないよ。それどころか、応援するくらいだ。大事な弟が、ついに春を迎えようとしているんだから」
「…脳内常春の姉さんに指摘されたくありませんでした」
 苦いものを多分に含んだ声で、ロッドはぼそりと呟いた。
「否定をしないと言う事は、認めるんだね」
「…自分でも、馬鹿な感情を持ってしまったと思いますがね」
「別に、悪い事ではなかろう」
「叶わない事ではありますが」
「……そうか?」
 ランダは思わず、書架の向こうにいるロッドの様子を覗いた。
 ロッドは、何事もなかったかのように、柳眉一つ動かさず、作業を再開していた。
「…私は、彼女もお前を好きだと思うんだがね」
「御冗談を」
 ロッドは、突き放すように言ったつもりだった。しかし言葉とは裏腹に、声が震えていた。








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 背景画像写真:Photo by (c)Tomo.Yun
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