EDEN ~その雨の向こうがわ~


その雨のむこうがわ -17







「ロッド、これ見て!」
 カウンターで新着図書を蔵書リストに加える作業をしていたロッドのもとに、一冊の本を抱えて、少女が駆け寄ってきた。
「    、どうしました?」
「ここのページの挿絵にある街、すごく素敵なの」
 少女は本を開き、ページ半分の幅をとっている挿絵を指差した。
 ロッドは、そのページの上に手を翳して、そのあと、軽く握った手でノックをするように、挿絵に触れた。
 すると、開いたページの上に、挿絵にあった場面が、ホログラフィーのように立体的に映し出される。そこに色がつき、音が入り、場面は動きはじめた。
「すごい! 人がこのなかで、本当に生きているみたい!」
「この物語の主人公が、実際に遭遇した場面。過去に、実在した一時ですからね」
 映像の中で、物語が展開する。
 晴天の下、街道沿いに立つレンガ造りの家や店。
 それらの煙突からあがる煙、ベランダやバルコニーで風におよぐ洗濯物。
 街道は、バスケットを抱えた女性やら、客引きをするコックやら、菓子を手にした子供達やらでごった返している。
 人々の話し声、駆ける足音、馬のいななき、水車が軋み水を汲む音。
 街の後ろには、緑を茂らす小高い丘がいくつも続いていて、その間を縫うように、道が伸びている。
 すべてが一つに溶け合い、この街にしかない音楽でも奏でているような、そんな陽気さがあった。
 少女は目を輝かせて、刻々と変わる映像に見入った。
「私も、こんな街で暮らしてみたいわ。この物語の主人公みたいに、一人暮らしをして、お花とか育てたりして、自分の好きなように過ごしてみたい」
 彼女のその言葉には、あまりにも切実な願いがこもっているように、ロッドは感じた。
「    」
 名を呼ぶと、少女が振り向く。
「他人の人生をうらやむことを、いけないとは言いません。ですが…、どうか、自分の人生を大切にしてください。貴女の人生を、その物語を紡ぐのは、貴女だけなのですから」
 ロッドは微笑んで、少女の頭を撫でた。
 少女は少し黙って、考えたような素振りをし、やがて頷いた。








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 背景画像写真:Photo by (c)Tomo.Yun
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