EDEN ~その雨の向こうがわ~


その雨のむこうがわ -16







 その冬の日以来、少女は度々、夢幻図書館に来るようになった。
 ただの人間に、空間を渡る術はない。しかし少女は不思議と、一つの季節に二度くらいは、図書館に姿を見せた。
 ある日、気になったロッドは、彼女に訊ねた。毎回、どのようにして、図書館に来ているのか、と。
 彼女は、自分自身もよくわからないと言って、考え込んだ。
「…でもね、願掛けはしてるのよ」
「願掛け?」
「そう。はじめてこの図書館に来た日は、雨が降っていたわ。それに、戻ってみたら虹も出てた。だから、雨が降るようにおまじないをするの。それで、雨の降った日には、外に出て、『図書館に行けますように』って神さまにお願いするの。そうしながらお散歩したりすると、いつのまにか、この図書館の前まで来ているの。そういう日は、必ず虹があるわ。…毎回じゃないのが、残念だけれど」
 そう言って、少女は、少し寂しそうに、瞳を伏せた。




 少女は読書を楽しむだけでなく、時折、ロッドの手伝いもしたがった。
 ロッドは始めのうち、客人だからと断っていた。だが、何度も頼んでくる少女に根負けし、近頃はカウンターの内側に座らせて、適当な本を渡し、内容把握と称して、その読者になってもらっている。
そういった経緯で、カウンターで事務処理をするロッドの横には今日も、読書に耽る少女の姿があった。
「おや、    。今日も来ているのか。すっかり常客だな」
 そこへ、無限博物館長のランダが姿を見せた。彼女は、布で包まれた鍋を抱えていた。
「ランダさん、こんにちは」
「ああ、こんにちは。…で、そこの図書館長くんは、挨拶をしてくれないのかな?」
 ランダが笑いを含んだ声で言うと、ロッドは不機嫌さを隠さず、しかめっ面を彼女に向けた。
「申し訳ありません、博物館長さん。当図書館は館内飲食禁止でございまして、鍋ごと持ち込みも、規制させて頂いております。どうぞ、遠慮なくお持ち帰りくださいっ」
「…相変わらず、素っ気ないなぁ」
「それはどうも」
 ランダは呆れて、深々とため息をついた。
「純粋な少女がそばに居るんだよ? 姉弟喧嘩はやめておこうじゃないか。今はとりあえず、仕事を切り上げなさい。お前の事だ。職務に没頭するあまり、丸三日何も口にしていなかったりするだろう。違うか?」
「……」
 ロッドが無言でランダを睨む。図星だった。
「なぁ、ロッド。私とお前は飲まず食わずでも平気だが、隣のお嬢さんはそうもいかないだろう。お前にはそういう配慮が欠けがちだよ。さあ、休憩にしよう!」
「……わかりました」
 隣にいる少女を引き合いに出されると、ロッドはめっぽう弱い。たっぷり三呼吸分迷ったあと、彼は不承不承といった体で了解した。
「控え室を使って、皆で休憩をとりましょう」
「最初からそう言っていればいいものを。今日は、ロッドの好きなポトフを作ったんだ。だから、紅茶は私の好きなダージリンを煎れてくれ」
「生憎と、切らしていまして」
「嘘つけ。一昨日に、箱一杯仕入れたと言っていただろうに」
「…そんなことまで、いちいち覚えていないでください」
「本以外なら、私のほうが記憶力は上だよ」
「……」
「ロッドの負けね」
 姉に言い負かされて黙ったロッドへ、少女は小さく敗北の宣告をする。
 ロッドはがっくりとうなだれた。
 その横で、少女は楽しげに笑っていた。








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