EDEN ~その雨の向こうがわ~


その雨のむこうがわ -13






 その日を境に、リアは庭先でひとり空を見上げるようになった。
 雲がゆっくりと流れていき、時折鳥が横切るだけの空を、飽きもせずに、ずっと眺めているのだ。そうしている時の彼女には、雨に散る寸前の花のような危うさがあった。
 ロッドが呼んでも、生返事をするか、無反応であることが多かった。
 ロッドは、リアが何のためにそうしているのか、何となくわかっていた。彼の頭の中には、冬の雨にぬれたリアの姿と、その時彼女が言った言葉、そして瞼の裏に映る女性の姿があった。


 カスミソウの花が咲いた頃。リアは今日も庭に出て、晴れた空を、ぼんやりと見上げている。
「リア」
 ロッドは一応声をかけてみたが、やはり大した反応はなかった。
 リアは、聞こえてはいるはずなのだ。ただそれを、自分を呼ぶ声だと、認識していないだけなのだろう。
 ロッドは、彼女の隣に立ち、同じように空を見上げた。
「雨を、待っているのですよね?」
 リアの目に、はっきりした光が映りこむのを、ロッドは見逃さなかった。
「雨の向こうにある虹を、貴女は、探そうとしているのですよね?」
 リアが一度、ロッドのほうを見た。
「…知ってたの?」 「リアが話してくれたのですよ。憶えていませんか?」
「そうだったかしら」
 それは、わざととぼけているようにも、本当に知らないようにも聞こえた。
 二人は、そのあと暫く無言で、空を見続けた。
 いくつか雲が流れてきたが、雨を降らせてくれそうなものではなかった。
 やがて、リアが沈黙を破る。
「てるてるぼうず、逆さまに吊るしてあったでしょ? あれね、普通に吊るすと晴れをお願いして、逆さまに吊るすと雨をお願いすることになるんですって」
「それほどに望んでも…冬の冷たい雨の中、しかも日が落ちたあとに、虹を探そうと外に飛び出すなんて」
 雨上がり、まだ雨が空に残っているうちに光があたらないと、虹は出ない。
 リアは、困ったように笑った。
「あの日に雨が降る事は、ちょっと特別だったの。あれは、始まりの日だもの」
 いったい何の始まりの日なのか。ロッドは、問おうとしたが、出た言葉は違うものだった。
「…どうして、そんなに必死になるのです。虹を探して、そこに何か、自分の命を賭しても惜しくないものがあるとでも?」
 それは、あの冬の日以来、ロッドが抱えていた疑問だった。その疑問が、胸の奥に眠っていた様々なものを引きずり出してくるようで、彼はずっと口に出すことを恐れていた。しかし、口に出さないと、前にすすめないような気もしていた。
「ごめんね」
 リアが、短く謝罪する。
「教えたら、いけないの。思い出してくれないと、意味がないのよ。だって貴方は、答えを知っているから」
「…僕が、知っている?」
「うん。だから、私は待ってるだけ」
 そう言って、リアはにっこりと笑う。彼女が満面の笑みを浮かべた時は、断固として意志を変えない。
「…わかりました」
 ロッドは、たっぷり数呼吸分迷ったあと、白旗をあげた。
「何でも人に頼るのは良くありませんからね。自分で、見つけてみます」
「さすがロッド!」
「まったく、調子いいのですから…」
 だが、ロッドは悪い気分にはならなかった。今までのどこかで答えに出会っているというのなら、それを自分で探すのも大切なことだろうと思った。
「その答えは、すぐにはわかりませんけれど。――かわりに、貴方の探し物の話をしましょうか」








          ―――次へ




 背景画像写真:Photo by (c)Tomo.Yun
 URL http://www.yunphoto.net