EDEN ~その雨の向こうがわ~


その雨のむこうがわ -12






「それならいいけど」
 くすくすと笑いながら、リアは花壇から少し離れた。
「ロッド、こっち向いて」
「はい?」
 肩越しに振り返ると、リアがカメラのシャッターを切るのが目に入った。
「え、――あ、ちょっとリア! 勝手に撮らないでくださいよ」
 ロッドは慌てて、リアの手からカメラと写真を取り上げようとする。
 だが、伸ばした手は、リアが軽い身のこなしでかわしていった。
 楽しげに笑いながら、彼女は言う。
「だって、証が欲しいんだもの」
 それだけで深い響きのある言葉を聞いて、ロッドは写真とカメラを奪取することを、束の間、忘れた。
 証、とリアは言うのだ。
「なんの証を?」
 問うと、リアも逃げ回るのを止めた。
 彼女の顔から、いつの間にか笑顔が消えている。
 すり替わるようにして現れたのは、切実な願いの映る、真摯(しんし)な眼差しだった。
「貴方が、ここに居たっていう証が欲しい」
 その言葉が、ロッドの耳の奥で響く。
 ああ、まただ、と彼は思った。

 瞼の裏に現れる女性の姿。
 千切れていった雲間から差す、日光の淡い光。
 雨上がりでけぶる空に、弧を描いて鮮やかに滲む七色の橋。
 女性が振り返る。栗色の髪が揺れ、薄緑のワンピースの裾が翻った。
『他に何もいらないのよ。ただ…、貴方とここにいたっていう証が欲しいだけ』
 そう言って、泣くように微笑んだ彼女の顔は――。

 瞼の裏が、白く染まる。ロッドは、知らずに詰めていた息を、そっと吐き出す。
 いつもより、いやに鮮明だった。もうすこしで、何かに手が届きそうな気がしていた。
「…リア」
 静かに名を呼ぶ。
「どうせ撮るのなら、僕がここに居た証ではなくて、僕達がここに居た証にしませんか?」
「私達が?」
「はい。二人で、写真をとりましょう。ワスレナグサも一緒に写して、お互いに忘れないようにとの、おまじないをするのです」
 リアは、ロッドの思いがけない提案に目を見開き、嬉しさで、心の中で泣きそうになる。
 首を縦に振って、頷くのが精一杯だった。
 それからロッドとリアは、ひとりひとりでの写真と、二人並んでの写真を、何枚か撮った。
「わー、ロッドの顔が半分欠けてる! こっちはピントが合ってないわ」
「仕方ないでしょう。二人並んで、しかもシャッター切るのも自分でなんて、結構難しいのですよ」
「もう、次は私が撮るわ」
 そんな、他愛もない遣り取りもした。
 写真には、必ずワスレナグサが一緒に写った。
 春のこの日、ワスレナグサが咲いて、ロッドとリアは共にあった。
 写真はその証だった。








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 背景画像写真:Photo by (c)Tomo.Yun
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