神玉遊戯
闇明かり、そして 2
「……それってさ、つまり死ぬ可能性があるんだよね。それをわかってて、どうして今夜は……」
それきり、優希は言葉が出なくなってしまった。
明敏も黙り込んでしまう。
夜行に潜り込むことは楽しい。異形の者達と話をすると愉快なこともある。
しかし、危険はすぐ隣にいる。
制約を守れば、命は守られる。夜行はそういった類のものなのだ。
「…………彼岸、か」
やがて明敏から、ぽつりと零れるように、呟きが落ちた。
優希は息を呑んだ。友人の横顔が、あまりにも弱々しく、寂しげで――幼い子供のように見える。
異形たちのいなくなった柳の根元に、琵琶の音が、一度響いた。
その音も、胸を突くような、寂しげな音色。
「……本当に、この日、この場所が、彼岸と通じるというのなら…………」
明敏がその先を言うことは無かったが、優希には何となく、見当がついてしまった。
この場所と時間が、彼岸と通じるというのなら、――死者と逢うことも、可能ではないのか。
姿を見て、言葉を交わし。
魂同士であれば、あるいは触れることすらも。
しかしそれは、生死の別つ絶対の境界を侵す所業。もしも、生者が現世に戻り損ねた時、引き換えにする代償が大きすぎる。
それほどの事だと分かっていて、明敏が逢いたかった相手。
優希には、ひとりしか思い当たらなかった。
「……あの人と、逢いたかったから?」
そう言うと、明敏は、ほんのわずかに頷いたように見えた。
ここは彼岸に近い場所のため、直接名前は出せない。
死者の名を死者の世界で呼ぶと、生者はそちらへ引きずられるからだ。
「……おそらく、来るなと突き返されるだろうが……」
「……うん、俺もそう思う。優しかったけれど、甘い人ではなかった気がするから」
「…………」
また一度、明敏が琵琶を掻き鳴らす。背中を柳に預け、俯き、それ以上動けない様子だった。
空はもう、白んできている。
夜行の一夜が終わる。
昼と夜、彼岸と此岸の境が、再び築かれようとしている。
優希は一足先に腰を上げて、数歩、柳から遠ざかった。
明敏に背を向けたまま、優希は言う。
「……俺も、逢えたら逢いたいし、話もしたいけれど」
「…………」
「今じゃ、無いと思うんだ。きっとあの人の事だから、必要になったら……夢とかで、逢いに来てくれる気がする」
夢もまた、生死の境の曖昧な場所だ。
夢殿というはざまがたゆたい、存在する。
「…………夢か」
「そう。……とりあえずさ、今は、ちゃんと帰ろうよ」
優希は振り返る。
明敏が、ゆっくりと顔をあげて、眩しそうに目を細めた。
白んだ空の隅の方で、雲の縁が輝き始めていた。
「ほら、朝になる……」
「……ああ、そうだな」
明敏が立ち上がり、緩慢に足を踏み出す。
優希は、彼が隣に来るのを待ってから、並んで歩き始めた。
夜に抱かれて安らぐと、時々、そこに根を降ろしてしまいそうになる。
しかし、人が生きるのは、あくまでも人の世。
また輝く陽の元へ戻る。
ただ、たとえそうであっても、拒まずに受け入れる。
闇に揺れる明かりは、そんな優しさを湛えていた。
2014.
―――終
あとがき:
「闇明かり」を書いたのはもう年単位で前。
久しぶりに読み返してみて、誕生した後日譚がこちら。後日譚と言うか、事後譚?
明敏君は、基本は冷静な子なんです。
わたしはそのつもりで書いている。そして周囲からもそう見えている。
けれども、感情のタガが外れたときに道を踏み外しそうなあやうさが、いつも付き纏います。
そして周りがそれを止めて、ちゃんともとに戻る。
対する優希君は、明敏君に若干振り回され気味で感情の表出の分かりやすい子。
ストッパー役……と思いきや、ですね。
何年も彼らを見ていると、生まれたばかりの時に思いもよらなかった方向に駆け出します。
ちょっと待って、君そんなこと言う子だったっけ。
いいのですそれで。書きはじめは勢いだったお話も、長く続けようとしたら計画も必要。
変わったとしたら、おぼろげな物語の進路上で、その子が成長なりなんなりをしている
ある1地点を見ているんでしょう。
……なんて、それらしいことを行ってみます。
短編ばかりではなく、いつか本編もやりたいな。