神玉遊戯
――香の剣―― 九
◇◆◇
ここ数日、日差しが強くなり始めた。空に吹く風は、まだ涼しさを残している。
木々は日ごとに葉の緑を濃くし、花はその色を主張する。
晩春の今は、春と呼べるほど穏やかではない。
梅雨より前に夏が様子見をしに来たかと思えるほどだった。
日も高く、暑いくらいの昼休み時間。
明敏と優希は、制服のワイシャツに指定のベストを重ねた姿で、学校の屋上に上がっていた。
「良い風が吹くねー」
「菖蒲の香神達が、夏の先駆けの役割を果たしたからな」
さわさわと、木々の梢が揺れる音が聞こえている。
空の雲までも、そんな音を立てて流れていそうだった。
「……それにしても、不思議だったな」
「散らない桜のことか」
「女の子たちの事も」
菖蒲の双子神の舞が終わると同時に、すべての花を散らした桜。
しかしその花弁は、一片たりとも残らず消えてしまい、葉桜と成り果てた。
同時に、あの場に居たはずの二人の少女の姿も、忽然と消えていたのだ。
季節の理に逆らって咲いた桜が、正常に戻したことで、本来の姿になったことは、優希にもまだ理解が及ぶところだったが――。
「あの少女達は、二人とも霊体だけだった」
「そうだったんだ! うわ、全然気づかなかった」
優希は思わず頭を抱えた。
神使いになって約一年、それなりに経験を積んだと思うのだが、咄嗟(とっさ)の状況把握能力はまだ足りていないらしいと反省をする。
明敏がその隣で、喉の奥で静かに笑った。
「もとから、互いに思い合い引き合っていた少女達だ。俺たちは、場所を用意し、そこまでの道程を示しただけにすぎない」
「じゃあ、本人たちにとっては、夢の中で逢ったようなものなのかな」
「そういうことになる。素直に消えたということは、あの場は満足していたのだろう。……夢だったとしても」
会っていたとしても、あれは花霞のように淡いまぼろし。
そうわかってしまうと、優希は少しさびしい気がした。
「……次の春は、本当に会えたらいいな。ちゃんと、桜の時期に」
「強い想いは神をも動かす。ならば人を動かせないはずがないだろう」
「そっか……。うん、そうだねぇ」
――まったく、この友人は。
顔を上げ、優希は空を仰いだ。
「やっぱり、明敏は優しいよ」
「何を的外れな」
「的の、ど真ん中命中だと思うんだけどなぁ――」
春の終わりのころ。晴れた空に、吹く風がある。
それは、夏を導く、とても優しい涼風だ。
―終―
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お題「爽やか」
……爽やか、かぁ。普段あんまり爽やかじゃないのしか書かないからなぁ。
とひとしきり悩んだ末、とりあえず端午の節句を調べ始めたわたし。
端午の節句、上巳の節句とか言いますが、
もともと月の初めの午の日に、厄払いをしたのが始まりだそうです。
ヨモギや菖蒲などの香りの強いものを用いて、邪気を祓う。
作中にもちょこっと書きましたが、菖蒲が尚武とかけて武家のお祝いに
用いられるようになったのは江戸時代から。
花菖蒲ではなく、葉菖蒲のほうの葉っぱの形が剣に似ていたためのようです。
調べるといろいろ出てきそうで楽しいですね。
お読みいただきありがとうございました!
2015.5 記