神玉遊戯
――香の剣―― 七
反する方が間違いなのは、明確のはずだった。
(…明敏は、俺みたいに引きずらない)
多くを見通したように進む明敏を、賞賛しつつも、優希は時折埋めがたい溝を見ることがある。
神に通じる一族の長と、その他大勢に含まれていた自分と。
同じ神使いでも、もとの立位置が違いすぎていた。
(神使いになったときは、…近くにいて、助けになるって決めたけれど)
それは、考え方が真逆の時でも、貫き通すべきことだろうか。
ざんざんと、桜が音を立てている。
やはり、花びらは一枚も散りはしない。
風が強くなり始めた。音が大きくなる。
小さな人影が、いつの間にか其処にあった。
かずらの居た社に来ていた、あの少女だった。
「どう、して…っ」
思わず出してしまった声が掠れる。
優希は、ひとり現れた少女から目をそらせなかった。
見えないように、立ち入れないようにと、結界を張り巡らせたはずだ。
それを潜り抜けることは、手助けのない限り、常人に出来るはずがない。
少女が、不安げに辺りを見回す。
優希の方にも視線が向いたが、すぐに通り過ぎていった。
『こちらは見えていないようだ』
「…うん」
やがて少女は頭上の桜を見上げたまま、動かなくなる。
唇だけが動いているのが、優希には見て取れた。
社で聞いた願いの言葉が、その動きに同調して耳の奥に蘇る。
――かみさま、かみさま、おねがいします。どうか、おかのさくらを、ずっとさかせていてください。
次の春もまた会えると、無条件に信じているのだ。
子供ひとりの足では、越えることなど到底無理な距離を、隔ててしまったと知らずに。
少女の表情が、段々と歪んでいく。
唇の動きが大きくなる。
声が、空気を震わせる。
――どうして、きてくれないの。さくらはさいたよ。ずっとまっていてくれてるよ。どうして、どうして!
風が強くなる。
重く湿気をはらんだ、生ぬるい風が、嵐のように吹き荒れる。
「虎轟、桜の色が……!」
『これは、良くないな』
夜のせいでも、目の錯覚でもない。
桜の花弁は、墨染めのように黒く変色しはじめた。
『春に溜まっていた邪気が、あの少女に呼応した桜に寄り集まってきているのだ。邪気が溢れた時は、少女に返る』
「そんな、どうしたら…」
桜を無理に散らせても、今のまま待っていても、どの道あの少女が犠牲になる。
明敏も守護妖達も、まだここには来ていなかった。自分と虎轟だけで、何とかしなくてはならない。
少女と桜のつながりを、裁つことが出来れば、あるいは。
――知らせて。
「……?」
強風の中、声が聞こえた。
あの少女の声とはまた別の、幼い女の子の声。
耳を澄ませる。
強い香りが、鼻腔に届く。
これは、菖蒲の香り。
知らせて。私の香に、この場所を知らせて。
早くしないと、桜の邪気が、花弁と共に散り広がってしまう。
私の香に、知らせて。そして、邪気払いの剣舞を――!