不知刻(きざまず)の砂時計と、
       熔けゆく鉄秒針
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 いやというほど、聞きなれた音。
 久しぶりに耳にする気がした。
 微苦笑して、彼は時計の傍に行き、そっと壁から取り外した。

「……お前は、この部屋じゃあお役御免だ。なぁ、そういうことだろ? マスター」

 軽く投げ上げ、手の上で一回転させる。
 鉄秒針が、蛍光灯の光でちらりと煌いた。

 あの喫茶店のマスターが、ただひとつ言えたこと。
 それは、時間というものは誰に対しても、同じではないということだった。
 喫茶店にいた人達は皆、自分の中のリミットを聞いて、席を立っていった。砂時計は、その時々に回転した音だけを、倉木に知らせていた。
 そして倉木自身は、自分が席を立った時、砂時計が回ったのを見、その音を聞いていた。
 いつも彼を縛っていた鉄秒針の時刻みは、あの喫茶店の中では、溶けてどこかへ行ってしまった。自分の感覚の時間で、過ごす事が出来た。
 自分がもっとも心地好く、自然体でいられる時間を手に入れていたのである。

 倉木は、手にした時計を、寝室のベッドの上に放り投げた。
 それからようやく、パソコンデスクに落ち着いた。
「ああ…そうだ。後で浅岡さんにも、大丈夫そうだって連絡入れないと」
 明るい笑みが、口の端からこぼれた。
 ワードの画面を立ち上げる。
 書きかけのデータを開くと、余白の部分に文章が浮かんでくる。
 これなら、書ける。
 倉木はキーボードに手を添え、深く息を吸い込んだ。
               




――――終――
    2008.10