不知刻の砂時計と、
熔けゆく鉄秒針 6
いやというほど、聞きなれた音。
久しぶりに耳にする気がした。
微苦笑して、彼は時計の傍に行き、そっと壁から取り外した。
「……お前は、この部屋じゃあお役御免だ。なぁ、そういうことだろ? マスター」
軽く投げ上げ、手の上で一回転させる。
鉄秒針が、蛍光灯の光でちらりと煌いた。
あの喫茶店のマスターが、ただひとつ言えたこと。
それは、時間というものは誰に対しても、同じではないということだった。
喫茶店にいた人達は皆、自分の中のリミットを聞いて、席を立っていった。砂時計は、その時々に回転した音だけを、倉木に知らせていた。
そして倉木自身は、自分が席を立った時、砂時計が回ったのを見、その音を聞いていた。
いつも彼を縛っていた鉄秒針の時刻みは、あの喫茶店の中では、溶けてどこかへ行ってしまった。自分の感覚の時間で、過ごす事が出来た。
自分がもっとも心地好く、自然体でいられる時間を手に入れていたのである。
倉木は、手にした時計を、寝室のベッドの上に放り投げた。
それからようやく、パソコンデスクに落ち着いた。
「ああ…そうだ。後で浅岡さんにも、大丈夫そうだって連絡入れないと」
明るい笑みが、口の端からこぼれた。
ワードの画面を立ち上げる。
書きかけのデータを開くと、余白の部分に文章が浮かんでくる。
これなら、書ける。
倉木はキーボードに手を添え、深く息を吸い込んだ。
――――終――
2008.10